鵺代と尾奈 三ヶ日町鵺代・尾奈

静岡県引佐群三ヶ日町の資料より.

やく八百年ぐらい前の話である. 保元三年八月, 京都御所の二條天皇は, なんともふしぎな病気にかかられた.

それは夜中の一時・二時のころ, 東三條の森から怪しい黒雲が出て, 御殿の屋根を覆い, 鵺 (ぬえ) という怪鳥が, 世にも気味悪い声で鳴くとき, 天皇の病気は急に重くなるのであった.

「これはあの鵺の仕業に違いない. だれかに退治させることだ」

宮中で相談の結果, 八幡太郎の子孫で, 弓の名手の源三位頼政に対して, 「至急, 鵺を討ち取るように」と命じられた. 頼政は家来の丁七唱と, 遠江国の住人, 猪の早太の二人を従え, 御殿で怪物の現われるのを待った.

やがて子の刻 (午前0時) を過ぎたと思われる頃, 東三條のあたりから, きみわるい鳴き声と, 一団の黒雲が走って来て御殿の上で渦を巻いた. 「よし今だ」頼政は, 八幡大菩薩を念じながら, その黒い雲の真ん中に向かって, ひょうと一矢を射た. すると黒雲の中で鵺の一声鳴く声がした. 「よし, もう一矢」

頼政が続いて二矢を射ると, 手ごたえを覚えて, 同時に御殿の屋根をころころと転がって, 庭にどうと落ちたものがある.

猪の早太は急いで怪物に斬りつけて, 遂に息の音を止めてしまった. 見れば頭は猿, 背は虎, 尾は狐, 足は狸, 声は鵺という怪物であった. おかげで二條天皇のご病気は, 全快したのである.

それで一説では, この時猪の早太の斬った怪物は四つに飛び散り, 頭の落ちたところが三ヶ日町の鵺代であり, 胴の落ちたところが胴崎, 尾の落ちたところが尾奈, 羽の落ちたところが羽平と, 今も地名となっているのである.

また尾奈のある家には, その時の矢が今も残っているといい, その矢主は「大矢」と言う姓を名乗っているし, 矢の落ちた所は, 「矢塚」と言って, 小さな塚があるという.

付記: この話の真偽は分からないが, 「源平盛衰記」「平家物語」「鎌倉実記」に記されている.